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ここにしばらく置いてくれと彼が来て3日になる。
家事当番も率なくこなし、
(食事はカレーしか作らなかったが、小雪殿は「こんなおいしいカレー初めて!」と喜んでいた)
不思議なほど、我が家に馴染み始めていた。
そうやって3日目の夜、屋根の上で日本酒を傾けるクルル曹長に
「いつまでここにいるつもりで?」
と尋ねた。
「もしかして迷惑?」
「迷惑ではござらぬが、通信参謀殿がいつまでも基地を離れるのも問題があるのでは?」
「スカウトがきた」
「はあ?」
唐突に黄色は話し始めた。
「ケロン科学研究所は俺がまだ尻尾つきのころ在籍していた。新しい所長に昔馴染みが配属されて、前よりずっと風通しのいい機関になっている。
条件は悪くないし、どうしようかと悩んでいたけど、断ることにしたぜ。俺はここが気に入っている」
そう言って、グラスを開ける。
「アンタも俺がいなくなったらさみしいだろう?」

クルル曹長の話は展開が早くて、
「まあ、通信参謀がいなくなれば、小隊としても困るでござるし」
と当り障りのない受け答えしかできない。
「ふーん。そう言えばドロロ先輩ってかくれんぼしてて、最後まで見つけられずに
友達に置いて帰られたことがあるタイプだな」
黄色の話はまたも急に変わる。
そう言えば睦実殿も、盤上の駒について語っていたかと思うと
急に関係ないポエムを口にし始める。そのたびに頭のいい人間の考えは複雑だと思った。
「どうしてかくれんぼの話を?」
「隊長とギロロ先輩とドロロ先輩は幼馴染だよな」
相変わらず通信参謀の話題は急で、こちらの質問の答えすらない。
「そうでござるが…」
「ふーん」
とクルル曹長は納得したような表情を見せて、緑色の瓶に入った日本酒をグラスに注ぐ。
「ドロロ先輩も飲む?冷えてて上手いぜ」
「いただくでござる」
新しく用意されたグラスに注がれた透明なアルコールに口をつける。
「ずいぶん辛口でござるな」
「酒なら辛口だろう? カレーだったら甘くても辛くてもいいけどよ」
「クルル殿はかくれんぼをして置いて帰れられる子供の気持ちがわかるでござるか?」
拙者の問いかけに、
「ああ、きっと置いて帰るぐらいなら最初から誘わなきゃいいのにと傷つくだろうな。
でも、誘う方はそんな深く考えている訳じゃない。所詮子供だし」
クルル曹長の言い方は淡々としていたが、それでもどこかしら普段の彼のセリフより
心がこもっていたように聞こえた。

「あの時は辛かったけど、今となってはいい思い出でござるよ」
「じゃあ、すぐにトラウマに入るなよ。いちいちウザいだろう」
最初は黄色の歯に衣着せぬモノ言いに傷ついたこともあったが、
相手の癇に障ることを選んでわざと口にする性格の悪さにも付き合いが長くなるにつれ、
だいぶ慣れてきた気がする。

「この俺様だって、子供のころかくれんぼをしたことがある。けっこう意外だろう? 
今度の研究所の所長がその幼馴染でね。久々に連絡があったから、いろいろ思い出しちまったぜ」
クルル曹長はそう言って立ち上がり、
「スカウトの話は隊長ほかには内緒だぜ。これは口止め料」
急に距離を縮め、布越しに唇を重ねる。

「あ、驚いた? 今の最新技術のショート時空転送を使ったんだぜ。
アサシン相手に使えるか、ちょっと試してみたくてさ」
心臓が止まるかと思うほど驚いて立ち尽くす拙者を置いて、黄色の影は姿を消した。


一人、春の夜風に吹かれながら、布越しの感触を思い出す。
近づいた瞬間に感じた彼の匂いと微かに残るぬくもりが理性を猛烈な勢いで破壊してしまうような、
そんな感覚に襲われ、自分自身を見失いそうなほどの強い心の揺さぶりを感じていた。


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「忘れ物でござる」と次の日、影の薄い先輩がラボを訪ねてきた。
「カレーの調味料が数種類と、何だかさっぱりな怪しげな機械…」
背中にのせた風呂敷から忘れ物をラボの床にならべていく。

「しまってくれる?」
一瞥したあと、俺は横柄に言った。
「香辛料はキッチン、ラボの奥にある。怪しげな機械は倉庫A113へ頼むぜ」

こちらを見てから、「わかり申した」と返事をして、
青は持ってきた荷物を片づけし始める。
まず調味料をキッチンへ持って行き、その後にA113倉庫へ向かっていった。

しばらくして、ラボへ戻ってきたドロロ先輩が
「A113倉庫が開かないでござる」
と言う。

「え?」
そう言われて、ラボにあるモバイルで状況を確認しようとしても、異状なしの表記しか出てこない。
しかたがないので、一緒に倉庫のあるAブロックへ行くとA113は開いていた。
「何だ、開いているじゃないか」と言うと、
そのまま倉庫のなかへ突き飛ばされ、
「痛っ」と思わず声を上げて、気がつくとアサシンに組み敷かれている。
「どういうこと?」
「クルル殿から誘ってきたくせに…」
「あっ、昨日の。でも、キスしてないぜ」
「静かにして…」
こちらのセリフを遮るように、唇を塞がれる。

少し早急すぎる彼の行動に流石に驚く。


3日間、同じ屋根の下で寝ていて手も握らなかったくせにと思いながら、
口当てを取った直接的な温もりを感じるキスは、昨日のかすめただけの口づけとはまるで違って、
熱い息が、奥底に眠る情欲を誘って、思わず全てを委ねてしまいそうになる…。

ゆっくりと戯れ合うよう唇を重ねられたあと、口付けは少しずつ激しくなっていく。


「クルル殿、拙者はずっと前から…」
と告白を聞き、呼吸を整えながら、
「ドロロ先輩、気持ちはうれしいぜ」
と応える。そして、お気に入りの爽やかなサファイヤ色の瞳が暗くてよく見えないのが残念だと思いながら瞼を閉じる。

冷えた地下倉庫の片隅で青の影と重なり合いながら、
やっぱり自分の居場所はここしかないと思い、
俺は遠く離れた本星にいる幼馴染に断りのメールを送る決意を固めた。


end

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相思相愛なドロクルを目指して、ちょっと無理があるようなないようなSSになってしまいました。
優しくまじめなドロロとちょっとひねくれたクルルという組み合わせが自分のなかではツボのようです。

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