エブリシング(パラレル・予備校編)




近所の予備校で講師のアルバイトを始め、そこで奇妙な出会いをした。
彼はいつも自分の授業の最前列に座り熱心にノートを取っていた。
そして時折、授業が終わるといくつかの簡単な質問を聞きにやってきて、
そのうち、お互いのプライベートな話もするぐらい親しくなった。

「ここのアルバイトが終わってから、先輩、いっしょに何か食べに行かないか?」
年上の俺にも敬語を使わない、生意気なところのある彼だったが、
懐かれて嫌な気はしない。
ある時、講師の自分を何故「先輩」と呼ぶのか聞いたら、
「先生って呼ぶより、親しい感じでいいだろう」と言った。

「わかった。まだ少し仕事が残っているから、待っててくれるか?」
「OK、じゃあ終わったらメールしろよ」
クルルはそう言って、うれしそうに教室を出て行った。

二人で行ったのは繁華街から少し離れたカレー店で、
どうやらクルルの行きつけの店のようで、
食事が終わり、食後のチャイを飲んでいるとインド系のシェフらしき人物が現れ、
英語でクルルに話しかけた。
俺は英語が苦手だったので、一瞬驚いたが、クルルは流暢にシェフの言葉に
応え、終始、和やかな雰囲気だった。
「味はどうだったか?って聞かれたから、おいしかったって応えただけだぜ」
「クルルは英語、得意なのか?」
「まあ、普通に」
クルルは特に自慢するわけでもなく、そう言った。
「実は今度、大学で英語のレポート提出があるんだ。俺はどうしても英語が苦手で、
もし、良かったら手伝ってくれないか?」
大学生が高校生にレポートを手伝ってもらうのは、自尊心がないような気もしたが、
それでも、レポートが出せず留年するよりマシだった。
それに大学の友人たちより、ずっとクルルのほうが頼みやすい雰囲気だった。

一人暮らしのワンルームマンションにクルルを案内すると、
「けっこうキレイなところに住んでんだ」
と言って部屋を見回す。
買ってきた缶コーヒーを飲みながら、レポートを二人で作成し、
出来上がったころにはもう終電がなくなっていた。

「もう電車がないけど、どうする?」
「タクシー代がもったいないし、泊っていってもいいだろ?」
「でも、うちには客用の布団とかないし…」
「じゃあ、一緒に寝ればいい」
「えっ」
クルルは俺を押し倒し、こっちがあたふたと慌てているのを見て、
「ギロロ先輩、実は一目惚れだったんだ」
とキスをしようとする。
「一目惚れって、俺もお前も男同士だろう?」
「好きになったんだから、男とか女とか関係ないぜ」


クルルは強引に口づけしてきた。
舌が入ってきて、口内の感じる部分を探るように動く。俺の舌をからめるように刺激し、
ゆっくりと歯列をなぞる。
「…」
あまりに甘ったるい刺激に、抵抗するのを忘れそうになる。
クルルの手が肩から、胸、腰へと移動していき、緩やかな指の動きに翻弄される。


「あっ」
クルルの口が、俺の熱をおびた下半身の中心を愛撫する。
「感じる? ここをこうされるのと、こっちをこう責められるのとどっちがいい?」
クルルの舌が先端や、くびれに触れるたびに体は反応する。
「あ…あっ」
目をきつく瞑って、ひたすら快楽に耐えても声が漏れるのを抑えられない。
クルルは俺の先走りを指に塗り、それを後ろの硬く閉ざされた場所につけて濡らす。
「力を抜けよ」
そう言うと、自分の硬くなったそれを押し付けてくる。
「やめてくれ」
足を閉じようと動かそうとしても、クルルの腕が両足首を強く握っていて逃れられない。
「ギロロ先輩」と甘く囁く声を聞きながら、クルルが俺のなかへ入ってくるのを感じた。


翌朝、ベットの上で目を覚ます。
「おはよう」
と言うクルルに手元の枕を投げつけて、昨日の不同意な行為に対する怒りをぶつける。
「お前の顔なんて見たくない。出て行け!」
クルルは悲しい顔をして、弁解もしないでそのまま部屋を出て行った。



翌日、クルルから「悪かった」という内容のメールが一通届き、
連絡が全くなくなった。アドレスを教えて以来、毎日のようにきたメールがなくなると寂しい。
きっと次の授業で顔を合わすだろうと思っていたら、授業も欠席だった。
日々は流れて、次の週も次の次の週も会えず、
気になって生徒の名簿を管理している事務員にクルルが予備校に来ているか確認した。
「クルルなら先週、退校しましたよ」
「なんでもアメリカに留学するって言って…」
俺はその事務員に礼を言って、携帯からクルルに電話をかけた。
「あ、先輩」
なつかしいクルルの声が聞こえる。
「お前、予備校をやめたのか? アメリカへ行くって言うのは本当か?」
「ああ、今、成田空港にいる。先輩、俺のことを許してくれる?」
「許すも許さないもないだろう。もう会えないのか?」
「そうだな。向こうに着いたら連絡するぜ。もし許してくれるのなら、会いにきてくれ」
「ちょっと待て…」
「悪りい、もう搭乗時間だ。切るぜ」
  
そのまま電話が切れた。
なんて身勝手な男だとその時は憤慨したが、それでももう一度会いたいと思い、連絡を待った。
3日後、ニュージャージー州プリンストン市という住所の書かれたメールが届き、
なけなしのアルバイト代から飛行機代を捻出して、クルルのもとへと向かった。

その時、クルルに会って、何を言うか決まってなかった。
でも、このまま別れては駄目だというのはハッキリしていて、
自分の本心もクルルの本心もわからないままでは先に進めない気がした。

俺はニューヨーク空港行きの飛行機の中で、窓の外をみた。
ちょうど雲間から朝日が昇るところで、眩しさに目を細める。
一日の始まりを照らす眩しすぎる光を眺めながら、自分たちの関係もまだ始まったばかりなのだと確信した。
  

end
  
 
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