終わりの始まり
彼に初めてキスをした。
それは「終わりの始まり」を覚悟するキスだった。
最近、慌ただしくしているクルルの様子を見に行った日曜の午後。
その日、いつものようにクルルはコンソールに向かっていた。
クルルは実は俺がケロン文字を読めることを知らない。
まあ、複雑な文章は無理だが、クルルのラボにあるケロン文字の何冊かの本と
こうしてたまにクルルの仕事を横目に見ながら何となく理解できるようになった。
その日のクルルが作っていた文書は
近々小隊が地球から撤退をするという内容のものだった。
いつかは別れの日がくると思っていたが、
それが、目の前に迫っているとわかるととてもショックだった。
そして撤退する前に自分たちに係わった地球人の記憶を消すとクルルが言っていたのを思い出す。
自分には記憶が消されてしまう前に、
クルルに伝えなければならない思いがあった。
「クルル…」
「なんだ?」
「明日、空いてる?」
「空いてない」
「あさっては?」
「悪いな、睦実。しばらく…」
椅子にいた彼のもとに駆け寄り、抱きしめる。
「は、お前?」
訳がわからない様子のクルルの頬を両手で包んで、強引に口づけする。
仕事ではいつも嫌味なぐらいに言葉を上手く選べるのに
その時の自分は、一つも素敵なセリフが思い浮かばなかった。
ただ、言葉にできない自分の思いが伝わればいいのにと思って唇を重ねた。
そして、
「ごめん」
とすぐに唇を離して謝る。
「他の連中には内緒だぜ」
クルルはそう眉を顰めて、不機嫌そうに言う。
「睦実、いつの間にケロン文字を?」
クルルはキーボードを操作し、モニターの文字をケロン文字ではない
特殊な暗号へ換えながら、俺に問いかける。
俺が返事を躊躇っていると
「まあ、いいさ」
と言って、
俺のほうを振り返りもしないで、ひたすらコンソールへ向かう。
黄色の後ろ姿から、俺からの突然のキスに戸惑っている様子もなかった。
所詮、異星人同士。
最初から、叶うはずのない片思いだったのかもしれないと想いラボを後にする。
駅へと続く道を下向きに歩きながら、深く沈む心をどうにもできず、
心は一足先に冬が到来したかのように凍え続けていた。
その日の夜、いつもの夢をみた。
「睦実、お前と離れたくない」
本来のクルルが絶対言うはずのないセリフ。
俺の妄想のなかだけで、クルルは俺を愛してくれる。
「ケロン人とか地球人とか関係ないよ。俺もクルルが好きだ」
そして、俺も普段言えない本心を夢のなかだけで伝える。
ずっとずっと同じ夢を見ている。
夢だとわかっていながら、毎回、クルルが俺を受け入れてくれるのが涙が出るほどうれしく、
そして、目が覚めた時、やっぱり現実ではなかったと知って悲しくなる。
「クルルとずっと一緒にいたい」と言って、
キスをして、その小さい黄色い体を抱きしめる。
そして、手の甲に口付けし、「クルルがほしい」と言う。
これもいつものパターンだ。
でも不思議とキスした時、抱きしめた時のリアリティがいつもと違う。
そういえば今日、ラボで彼が拒絶する間も与えず、
強引に抱きしめ、キスしてしまったと思い出す。
夢の中のクルルはやさしく囁く、
「俺もお前が好きだ。全部、お前にくれてやるぜ」
偽りの世界にいる間だけ、クルルのすべてが俺のものになる。
その繊細な指に舌を絡め、人差し指から小指まで丹念に舐める。
腕から腰、背へと愛撫して、そして、下半身の硬く勃ち上がっている部分へとゆっくり移動する。
「クルル、好きだよ」と告げて、
蜜があふれる先端へと舌を滑らせると、
「んっあ…」
熱のこもった声がクルルの口から漏れる。
黄色の熱くなったモノは舌の動きに煽られ、ますます硬さを増していく。
でも、神様はいじわるだ。
どうせなら地球人ではなく俺をケロン人に生まれさせてくれれば、
このままクルルと一つに重なることもできたのにと考える。
「クルル、出していいよ」
クルルの体が限界に近づくと、
俺はそれを口に銜えたまま、やさしくその先を促す。
「ムツ…ミ…」
クルルは俺の名を呼び、背を反らせ、
快楽に震えながら堪え切れず白い液を吐き出す。
それを一滴の凝らず飲み干し、ぐったりとしているクルルを抱きしめる。
自らの願望の入った夢は、
クルルの小さな体をギュッと抱きしめるところでいつものように終わる。
自宅の天井をボーっと見上げて、耐えられない孤独を感じ、
「もうクルルはいなくなるんだ…」
と呟いて、溢れ出る涙を手の甲で拭った。
つづく
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ずっと睦>>>>クルの書きたいお話がアタマにあったので、挑戦してみました。
睦実がひたすら報われない暗いお話になりそうな気がするのですが続きます。
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