in the end
(「終わりの始まり」の続きになります)
15段、16段と階段の数を数えながら、2階の廊下へ進む。
右は日向弟の部屋。
ここで隊長が地球人側に捕まったところから、
奇妙なストーリーが始まった。
ここに入るのも最後だと思いながら、ドアをノックする。
「入るぜ、日向冬樹」
部屋の主の返事はなかったが、ドアを開ける。
「あっ、クルル」
パソコンの前でオカルトサイトを熱心に見ていた日向冬樹が振り返る。
「どうしたの? こんな時間に。もう夜12時だよ」
「話があるから顔を借してくれ」
「いいけど」
返事を聞いて、手元のスイッチを押し、
床に異空間ゲートを発生させて、ラボへ二人で移動する。
小さな丸い地球人用のいすを差し出し、
「話が長くなるから、座っていいぜ」
と進める。
「珍しいね。クルルが僕に話しかけるなんて…」
「お前が一番、適任だと思ってな」
そう言ってから、
少し間を空けて、小隊の撤退を告げる。
「本当なの? クルル?」
「俺が嘘をついて何の得があると思う?」
「そうだね。クルルって自分の得になることしか言わないし」
冬樹って温厚そうに見えて、意外と毒舌だなと思いながら続ける。
「帰還は今週末だぜ」
「そうなんだ…。あと少ししかないね。
ずっと軍曹やクルルやみんなと楽しく暮らしていたいと思っていたけど、残念だな」
「まあ、もともと宇宙人と同居してるほうが変で、普通の生活に戻るだけだ。
それに撤退するとき、俺たちに関わった人間の記憶は自動消去するわけだし」
冬樹はしばらく考えた後に、
「やっぱり記憶を消すなんて、イヤだよ。楽しい思い出もたくさんあるのに」とつぶやく。
「だから提案だ、お前の記憶を残してやるよ。日向冬樹」
「え?」
「ただし、交換条件があるぜ」
日向冬樹は予想通り俺の交換条件をのんでくれ、契約が成立した。
これで思い残しはないと自分に言い聞かせ、しばらく撤退に係わる雑務に没頭する。
木曜日の昼、ラボの呼び鈴の音で目が覚める。モニターを確認すると睦実が入口に立っていたので、
インターフォンごしに話しかける。
「ラジオ、サボって大丈夫なのか、睦実?」
「クルル、メールしたけど全然返事がないから会いに来た。ここを開けてくれる?」
「いいぜ」
たった4日の間に睦実はすっかり雰囲気が変わっていた。
いつもの余裕ぶってる様子が全くなく、死刑執行の決まった死刑囚よりも表情が暗い。
それほど、ショックだったのだろうかと思う。
「休んでばっかりだと、DJクビになるぜ」
「どうでもいいじゃん。そんなの」
珍しく投げやりなセリフ。
DJの仕事は嫌いじゃないと言いながら、ラジオ局へ向かう睦実の姿を思い出す。
ふざけた性格だったけど、意外なほど仕事には真面目に取り組んでいた気がするのに。
「そうか、じゃあ俺に何の用だ?」
「撤退はしかたないけど、俺の記憶は残しても大丈夫だろう?
この地球でたった一人、クルルのことを覚えている人間がいても問題ないと思うんだ」
それは水曜に受信したメールの内容と同じだった。
地球人たちの記憶を消したくないという感情はよく理解できない。
俺たちが撤退時に記憶を消すのも余計な記憶がトラブルのもとになるのを未然に防ぐためだ。
トラブルアンドアクシデントは俺の信条だったが、
撤退する以上、問題は残して置きたくないと思っていた。
でも、それは俺の一方的な都合でしかないし、
小さな望みぐらい叶えてやることにする。
「いいぜ。プログラムをこれから組むから、それだけの用ならもう帰ってくれないか?」
睦実の辛そうな表情を見てるのが、イヤで視線を逸らしながら言った。
俺だってお前と別れるのはさみしいさと続けかけてやめる。
今さら何を言っても無駄かもしれない。
睦実は傷つき、この俺にそれを癒す術はない。
俺はここに残ることも、お前の気持ちに応えることもできない。
背中を向ける睦実の気配を感じながら、
重苦しい自分の感情に押しつぶされそうだった。
結局、出会いがあれば別れもあると簡単に割り切れないほど、
俺は深くアイツに係わっていたようだった。
END
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ムツクルのお別れの話ですが、たぶん次がラストになります。
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