凄絶で凶悪に妖艶



耽溺する五題より- rewrite




軍の内部データが盗まれる事件が起きた。
どうやら容疑者のリストに彼が上がっているらしい。
「やっぱり日頃の行いが悪いからこういう時に真っ先に疑われるな」
と当事者である本人はまるで他人事のように言って、
憲兵による尋問を受けに捜査本部へ向かった。

数時間が過ぎて、何事もなかったように彼は戻ってきて、
「時間の無駄だったな」
と言って、コンソールのスイッチを入れて仕事を再開する。
しかし、ものの5分もしない間に、
キーボードから聞きなれないビープ音が鳴り、
見ると彼はキーボードの上に伏していた。

「大丈夫ですか」
近寄ると、
「ああ、大丈夫だ。さっき打たれた薬のせいだ。頭が痛いが、すぐに治るだろう」
「ひどいですね。薬を使うなんて」
「上の連中は犯人が見つからなくて焦っているからな」
「水をお持ちしましょうか?」
苦しそうに頭を押さえる少佐に声をかけると、
「いや、そばにいてくれ」
と言われる。
「こうしてると落ち着く」
そう言って椅子に座ったまま隣に立つ私の肩に重心をかけてくる。
こんな風に頼られることがなかったので、戸惑いを隠せず
痛みに耐え、身体を無防備に預ける姿は
いつものシニカルな少佐以上に私の心を強く揺さぶる。
頼りにされていると思うと
一層、そばにいる自分こそがこの人を守らなければと思う。


結局、犯人は見つからず、少佐の無実が晴れないまま時間が過ぎた。
「どうやら犯人のターゲットは俺みたいだな」
捜査本部のデータをハッキングして、
自分の名前がリストの最上位にあることを知った彼は、
「誰か知らないが、喧嘩を売る相手を間違えてるぜ」
捜査本部にまず、偽のデータを流し、自分への容疑を消去し
そして、容疑者リストのうちの一人をピックアップする。
プリンターにヒュイイ准将のプロフィールが打ち出される。
打ち出された資料にさっと目を通し、
「こんな小者、俺が相手するほどでもないけどな」
と薄く笑いながら、滅多に見せない冷酷な表情で、
紙をビリビリに破り捨てる。
「でもどうして、わかったのですか? 犯人が」
と訊くと、
「この間、会った憲兵の一人を洗脳して、その記憶をいただいたのさ。
そのためにわざわざ尋問まで受けて、大変だったけど、
おかげで、ヒュイイ准将の名前がすぐに浮かび上がってきた」

まあ、犯人さえわかれば、次の手をゆっくり考えるだけだ。
少佐はそう言って、コンソールに向かう。
きっと、そのケロン一と言われる頭脳でいかに復讐するか
を綿密に計画しているのだろう。
後姿を見ながら、彼の怖さはそばにいる自分が一番分かっていると思う。
弱さを見せる時は一瞬で、普段の彼は飄々とした態度の裏で、
怖いほどに情け容赦のない人だった。

2日後、データ流失事件の容疑者としてヒュイイ准将の名が
報道され、3日後には准将の自殺が発表された。

報道人の集まるホールを眺め、呼び出しを受けた大佐の元へ向かい、
事件の全貌を聞く。
「准将と少佐はもともとある取引をしていた。准将が統治している鉱山資源を
少佐のネットワークで高値で売買し、二人で膨大な利益を得ていたらしい。
もちろん、軍には秘密で。しかし、何かのトラブルがあって、
准将は少佐の失脚を図ったんだ。もちろん失敗に終わり准将は亡くなり、
少佐は証拠が残らないように取引のデータを全て消去した。
ただ音声記録ひとつを除いて」
「聴いてみるといい、これがそのメモリーディスクだ」

大佐から渡されたデータを自室のPCで再生する。

少佐の声が入っていた。
「命乞いとかしないのか?」
「君に逆らった時点で命は捨てたも同然だったし」
「知っていると思うけど、鉱山事故で一人息子が亡くなってね。もう鉱山開発な
ど嫌になったんだ。それに息子の死の責任は私と君の両方にあるのに、君は無関
心そのもので、葬儀にも出てくれなかった」
「あの事故による犠牲者には十分な補償も出したはずだろう」
「補償さえあれば十分と思う君には一生私の気持ちはわからない」
「……」
「さっさと私を殺して、その屍の上に君は君の地位を好きに築けばいい。今まで
も気に入らない相手を虫けらのように排除してきたのだろう」
「俺は別に…」
「さあ、引き金を引きたまえ」

ディスクにはこのあと一発の銃声が入っていた。


ひっそりと行われた葬儀に出席した少佐は
優雅な仕草で死体にハナミズキをささげ、
「…」
とつぶやく。
幸いにも死者を辱めるセリフは隣にいた私にしか聞こえなかった。
粛々とした雰囲気の中、葬儀が終わり、
教会を出ていく少佐のあとを足早に追って、
強さも弱さも隠さず自分を惹きつける彼に並ぶ。

少しだけ淋しそうな表情を浮かべる彼に
「あなたは降りかかる火の粉を払っただけです」
と言い、眼鏡越しに強い意志を感じさせる黄色の瞳をみつめた。
すると一瞬目を伏せた後、いつもの冷笑を浮かべ、
「くだらない寄り道だった。ガルル、行くぞ」
と彼は迷いのない口調で言う。
自分が手を下した相手の葬儀でも、全く態度を変えない
彼の凄絶で凶悪に妖艶な横顔を見ながら、
葬儀の前につぶやいた彼の言葉を思い出す。

「Wanna live , I don't wanna die」
〜死にたくないから生き続けるだけ〜

多少投げやりなその言葉が、
アンバランスで複雑な目前の子供の本心なのだと思った。


  
  

end
  
  
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お題2はシリアスな展開にしました。
こういう少し暗めなガルクルも甘い話の間にあるといいかなと思って書きました。 
クルルは苦労してる分、ガルルとの絆を大事にしているって気がします。(マイ妄想設定ですが…)
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