星空



屋根の上で星を眺める。
ワインとチーズを口にしながら、オリオン座が輝く南天を見る。
すると声が聞こえた。
「何をしている」
先輩が梯子で屋根に上ってきた。
「たまには外の風でも当たろうかと思って」
「お前がか?」
「インドア派だって、たまには外に出たくなるさ」
一緒にワインでもと思ったが、先輩はアルコールはダメだから無理か…。
「チーズでも食べるか」
と差し出すと、
「これ、カビが生えているぞ」
と驚く。
「こうゆう種類の食べ物だ。匂いは独特だけど、食べられるぜ」
先輩は匂いをちょっと嗅ぎ、一つ口に入れ、
「変わった味だな」
と言いながら食べた。


オークションに前から気になっていたシャトーワインが出ていたので、落札した。
飲んでみると01年のワインはまだ若いが、瑞々しさに溢れている。
ラボで楽しんでも良かったが、外も悪くないと思った。

夜空を見上げる。奥東京市はそこそこ都会で3等星がぎりぎり見える程度だったが、
地球人の創った神話を思いながら星のまたたく夜空を見ている。
「ケロン星はどの方向だ?」
同じように空を見ていた先輩が訊く。
「ちょうど双子の右の肩あたりだぜ」
と教える。
「空に双子がいるのか?」
「ギリシャ神話だぜ。地球の古代人が考えたファンタジーだ。あの2つ並んでる星の右側がカストルで左側がポルックス。
血が繋がってない双子だ」
「血が繋がってないのに双子って変じゃないか?」
「そこはファンタジーだからな」
「じゃあ、その3つ並んでる星は?」
意外なものに興味を持つんだな。俺はそれぞれの星の由来となったストーリーを簡単に話した。
一通り南天の説明が終わると、本当に何でも知っているんだなと感心していた。
「コンピュータとか化学とかそういうものしか関心がないのかと思っていた」
「どうせ、電波野郎だしね」

星を眺め、
「本星に帰りたいか?」
と俺は唐突に聞く。
「こんな辺境の星、さっさと征服して帰りたいか?」


「…」
クルルにそう訊かれて、すぐに答えは出せなかった。
「俺様が本気を出せば、簡単に落とせるぜ」と言う。
「そうだな、お前はどうなんだ。帰りたいか?」
逆に俺からクルルに訊く。
「すぐにでも帰りたいね。ここは平和すぎる」
本心じゃないのが、なんとなく解る。
クルルは意外にもこの星を気に入っているようだ。

「寒くなってきたな…ラボに戻って温かい毛布に包まれ、一緒に寝ようぜ」
クルルはそう言うとワインを飲み干し、モバイルを取り出す。屋根に2人分の穴が空き、一瞬でラボに着く。
「心配するなよ、何もしないから」
誘われるまま、俺はクルルの普段寝ている押入れに入った。
ゆっくり口づけを交わす。
キスは自然にできるようになった。だけど、相変わらずもどかしい思いがする。

目をつむると、クルルの匂いをかすかに感じた。
この小さな空間で、クルルの匂いと欲望をうちに秘めた抱擁に酔って眠る。
クルルが話したカストルとポルックスの双子の悲劇を思いながら…。





  END
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ケロン星がジェミニの方角にあるのは捏造です。
「午後」と同時にupしましたが、何故かまったく違う感じになりました。
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