休暇(後編)



飼い犬に手を噛まれる気分というのはこんな感じかと
冷静に考える自分が頭の隅にいた。
長い口づけに息が苦しくなり、必死に抵抗を試みる。
押さえつけている手を緩めず、
「私が嫌いですか?」
とガルルが訊く。
「…」
嫌いなのか、好きなのかわからないが、こういう行為をしたいとは思わなかった。
早くから大人に交じって軍に所属していたので、
下世話な噂話や、スキャンダルは散々耳にしていたが、
まさか、自分の身に同じような災難がくるとは想像していなかった。


「腕が痛い」
と言って抗議するが、ガルルはまったく離そうとはしないし、
力任せに振りほどこうとしても無駄だった。
「力で私に敵うわけないでしょう」
また口を塞がれ、口内に舌が挿入される。
舌と舌が触れ、お互いの唾液が混じり合うのが分かる。
少し気分が悪いが、それ以外の不思議な何かを感じた。
快楽への誘惑だったかもしれない。それほど、甘く官能的なキスだった。


目が覚めるとベッドの上だった。
暗い照明を落とした部屋で、ぼんやりと寝起きの頭を少し回転させ、
徐々に昨日の出来事を思い出す。
「こんな最悪な気分は初めてだぜ」
昨日、ガルルに抱かれたのは確かだった。

寝室の隣にあるバスルームに向かい、
シャワーを浴びていると、昨日の行為が一つ一つ思い出された。
「いやだ」と何度も言ったのに、欲望を無理やり受け入れさせられた。
体を洗っているとバスルームの前に人影が見えた。シャワーを止め、
「くだらない弁解なら聞く耳は持たないぜ」と言う。
「弁解ではありません」
「はっきり気づきました。自分のなかの整理のつかない感情をどうすればいいのか解らなかった。
 ずっとあなたの傲慢さを憎々しく思っていたのに、そうじゃないと漸くはっきりしました」
「何が言いたい?」
「あなたを愛してます。ずっと前から」


整理がつかないのはこっちの方だと思う。「愛してる」とか重々しい感情表現は苦手だった。
バスルームのドアを開け、ガルルを正面から見つめる。
「お前の気持ちはうれしいけど、俺は愛してないぜ」
「知ってます」

「覚悟はあるんだな」
「不名誉除隊でも、禁固でも、好きにすればいいでしょう」
「まあ有能な人間をクビにするのももったいし、どこか激戦地送りにしてやるよ」

勝手に人を傷つけた罰として、生きるか死ぬかの現場に行ってくればいい。
「死んで2階級特進しても、まだまだ俺の地位には届きそうにないけどな」
「簡単に死にませんよ」
憎らしいぐらい自信満々だった。
「では、もう一回抱いてもいいですか?」
とガルルはそう言うとまだシャワーの水で濡れている腰に腕を回し、強く抱きしめた。

「まあ、休暇はあと5日あるけど、セックスばかりじゃつまらないと思うぜ」
「前線に行けば、すぐには帰れないし、いつ死ぬかもしれない。戦地に赴くかわいそうな恋人の願いを
少しぐらい叶えてください」
「いつ恋人になったんだっけ?」
「さっき、愛の告白をしたでしょう」
俺の完璧な記憶力では「愛してない」と言ったはずだけど、
都合の悪いことは聞いてないのか…。
今更、訂正するのも面倒くさい。

せっかくの休暇だったが、
プールサイドの木陰で読書したり、浜辺をのんびり散策したりといったリゾートを
ゆっくり楽しむ時間はなさそうだと残念に思った。
俺たちはバスルームからベッドへ移動し、もう何回目になるかわからないキスを交わしながら
お互いを強く求め合った。



 
end
  

*****************

ようやく「休暇」完結です。
長い間放置していてごめんなさい。  
戻る