かけがえのない時



眠れず、仕事にも身が入らない夜があった。
深夜、一人、煙草を吸ってくだらない本部からのデータを眺める。
特に何も響くことない自暴自棄な感覚だけがリアルだった。

「クルル、起きているか」
AM3時を過ぎるころ、暑苦しい声がラボの外から聞こえる。
「起きてるぜ、こんな時間になんの用だ?」
「昼間のお前の様子が気になって…」
あの侵略会議という名前のくだらない時間に、普段以上にイラついていて余計な事を口にしたのを思い出す。
「あんたたちは本気で侵略する気がない。この俺様を振り回すな!」
と言って退席した。
「ケロロが怒っていた」
「先輩、その話はこんな時間にする話でもないだろう」
「どうしても気になって、何をイラついている?」
「先輩には関係ない」
ラボのドアを開けず、先輩とモニター越しに会話。
「…」
しばらくの沈黙のあと、先輩はラボから離れて庭のテントへ戻っていった。


突き放されたショックは大きく、その夜は一睡もできなかった。
自分は彼の一番近くにいる存在だと思っていたのに。
「関係ない」
この一言はひどく重過ぎる。
朝を迎えて、朝日が昇るをテントから出て、ぼんやりと見る。
その光が一層自分を暗くさせる。何もかもが彼中心で、美しい朝の光さえ
無力な自分を晒させるような気がした。


夕方になるといつもようにクルルが声をかけてきた。
昨夜とは違い、普段のクルルでホッとする。
「ラボでコーヒーでも飲まないか?」と誘われた。
ラボの一角にある小さなダイニングキッチンの棚からコーヒー豆を取り出すと、
「キリマンジャロでいい?」
と訊く。
クルルは コーヒーメーカーに豆をセットし、2人分のカップを棚から出す。
慣れた仕草をなんとなく眺める。
「そうだ。武器コレクション、また届いてたから見るだろう?」
そう言うと、雑誌を手元に転送し、俺に渡す。
「それより、クルル。昨日は…」
「その話はまた今度にしないか?」
話したくない時に使うクルルの常套句で、それ以上の詮索を一切拒む。
「わかった」
しかたなく渡された雑誌に目をやる。最新武器コレクションを見ても、
クルルが気になって、集中できない。
「できたぜ」
白いカップにコーヒーを注ぎ、テーブルに置くと、俺の向かいに座る。クルルは携帯電話とモバイルをつなぎ、
作業を始める。
「あ、これ隊長が携帯壊れたから直してって」
作業するクルルの邪魔をしてはいけないと思い、雑誌を読む。しばらく沈黙が続き、
雑誌のなかで気になる武器を見つけ、仕様を確認していると、それはおススメだぜと言う。
「俺が3年前に作って、売ったヤツの廉価版でかなりお得になってる」
「最新版は高額で、ここの給料じゃ買えないけど、ほしけりゃやるぜ」
冷たい沈黙の時間より、やさしい言葉のほうが昨日を思い出させる。
「俺を振り回して、楽しいか?」
静かに自分を抑えて言う。
「俺はお前が好きだ、それなのに関係ないと突き放し、今日はこうやって何もなったように一緒に過ごす。
どうしていいかわからない」
「昨日は悪かった」クルルは素直に珍しく謝る。
「時々、訳もなくイライラして、困らせるつもりはなかった」
作業の手を止め、飲みかけのカップに視線を落としながらクルルが言う。
時折見せる本音に近い言葉。
自分がそんなクルルに弱いと知っているのだろうか。
「無理するな。ケロロみたいに多少遊んでるぐらいがちょうどいいだろう」
「いつも真面目にやれって言う先輩らしくないじゃん」
「いつもいつも真面目にやってたら誰だって疲れるだろう」
クルルは楽しそうに珍しいセリフを吐く俺を見てる。
「じゃあ、先輩、気晴らしに明日あたり紅葉狩りでも行こうか?」
「ああ、ケロロの携帯もちょうどよく壊れているしな、しばらく変な発明の依頼もこないだろう」
「ほんと先輩らしくない」
不思議そうに俺を見て、笑う。
紅葉がまだ残ってるかどうかわからないけど、二人で外に出るのは久しぶりだし、いい息抜きになる。
ラボに籠ってばかりいないで、外にでたほうがずっと健康的だ。
「京都でライトアップしている寺もいいな」とノートPCを検索し出す。
「そんな遠くじゃなくてもI公園で十分だ」
「I公園の池は恋人同士で行くと別れるジンクスがあるんだぜ」
「恋人…」
改めて言われると照れてしまう。あの池にそんなジンクスがあるなんて初めて知った。

「コーヒー、おかわりするだろう?」
そう言って空になったカップを持って立ち上がり、2杯目を注ぐ黄色い姿を見ながら、
立場が変わってきたと思う。
そばにいればいるほど、ずっとずっとクルルが好きになって、いつのまにか
クルルが俺を思うより、俺のほうがクルルを強く思っている気がする。
でもそれは決して嫌な気分ではなく、
時には自分の無力さを自虐的に実感するのも悪くないと思う。
キリマンジャロの香りを嗅ぎながら、
俺はこの空間の心地良さがかけがえのないものになりつつあると感じた。
  



end

*****************

2回続けてクル←ギロに。
うちの伍長さんはクルさんが大好きって
設定ですから
戻る