WHITE(前編)
※ガルクルSS「休暇」のつづきになってます。
一面、白銀の世界。
無垢な穢れなき純白の世界の美しさと怖さが同時にその星に存在した。
負傷した後輩を背中に負い、何時間歩いたのかわからない。
先ほどまで雲の隙間から覗いていた太陽も消え、吹雪に覆われる。
空も地面も白で包まれ、自分の立ち位置も覚束ない無視覚状態。
ホワイトアウトのなか、冷えた足を動かし基地を目指す。
基地から持ってきた体温維持装置の充電も切れ、コートの下の体温が徐々に失われていくのがわかる。
基地の方角は手元に唯一残った、電子コンパスで確認できたが、果たして帰還できるのだろうか。
猛烈な地吹雪のなか、ガルルは自分の限界を感じながらゆっくりと歩いていた。
「俺の知らないところで勝手に死にかけてんじゃねえよ」
急にどこからか声が聞こえる。
少佐の声だった。あまりの疲労と寒さで幻聴が聴こえたのかと思った。
「どうせ幻ならもっと優しい言葉をかけてくれればいいのに」
そう考えながら、足もとに落とした視線を上げると、黄色い姿が吹雪のなかに立っている。
「…」
視界はほぼゼロに近いはずなのにその鮮やかな黄色が確かに可視できた。
「少佐、どうして?」
声に出そうとするが、寒さで言葉が上手く口にできず、
ただ、張りつめていた気力が急に失われて行くのが感じられた。
いつか、負傷兵とともに凍死体で発見されるのだろうかと自分の死後を想像しながらゆっくりと雪原に倒れた。
眼が覚めると見慣れた基地の看護室のベッドだった。
「目が覚めたか」
隣には基地で軍医を務めるニルル衛生伍長が座っていた。
「どうしてここに?」
倒れた自分の位置は基地からはるか西方で、救援がくる可能性は低かった。
「例の彼に感謝するんだな。もう少し遅ければ凍死するところだった。呼んでくるよ」
そう言うと看護室のドアから出て行った。
改めて自分の酷い状態を確認する。両手、両足ともに包帯で巻かれ、感覚が全くなく、
以前、凍傷ですべての指を切断することになった戦友の状況と同じだった。
そして、自分が助けた負傷兵の無事も気になった。怪我をしていた分、自分よりも危険な状態だった。
コンコンとノックの音がして、吹雪のなかで見た彼が現れる。
「クク、けっこう元気そうじゃん」
体中、包帯まみれの自分を見て、そう嫌味に笑う。それでもどこかいつもと少し様子が違う。
声、話し方、姿勢、目線、なにもかも半年ほど前に別離を余儀なくされた恋人のものだが、
普段の不敵なほどの余裕が感じられない。
自信家で厭味なほどの優秀さで、ケロン一の頭脳と評される彼が少しだけ動揺している。
「しかし、まぬけだな。新兵と巡回中に敵性種族の攻撃を受けて遭難したんだって。オレが基地にきてみたら
レーダーから、二人が消えたって大騒ぎだったぜ」
言葉は辛辣でも、低い声には多少の揺れが混じっている。
「少佐、どうして、ここに?」
聞きたかった質問をする。こんな雪と氷に覆われた辺境の星に少佐が来訪する理由はない。
「わざわざ私に会いにきてくれたのですか?」
「違う。たまたま近くの星で生体エネルギーシンポジウムがあって、ついでに寄っただけだ」
少佐は顔を赤く染めて、いたたまれない様子で席を立った。
部屋から出て行く少佐を見送ると、入れ代わりにニルル衛生伍長が戻ってきた。
「半年ぶりなんだろう。ゆっくり話でもすれば良かったのに」
「それより、一緒だった新兵は?」
「今、救命ポッドに入っている。かなり重症だから、2、3日は入っていると思うけど、
命には別状はないし、安心していい。それよりお前の凍傷もかなりひどい。
本当ならすぐに救命ポッドに入る必要があるが、一台しかないポッドを使っているから治療できない。
2、3日ほどこのままで我慢してくれ」
「それは構わないが…」
「しかし、すごいな。クルル少佐。こんな辺境まで噂が聞こえるその天才ぶりに他のみんなも驚いてた。
レーダーに映らないお前たちを旧時代のGPSシステムを復活させて、座標を割り出し、
自身を次元転送させて、しかも、新式の体温維持装置で、マイナス60度に耐えられるシステムを組み、
あっという間に二人を基地につれて帰った」
「まるで手品をみてるかのようだったよ」
「旧式の救命ポッドも、負傷した新兵の具合をみて、少佐が急ピッチでメンテをしてくれたんだ」
自分たちがどうやって助けられたかを聞きながら、自分の体の不自由さを呪う。
いますぐ会って抱きしめたい。そして、この半年、どれだけ会いたかったかを伝えたかった。
「彼を呼んでこようか」
ニルル衛生伍長は、俺の気持ちを察してそう言ってくれたが、遠慮した。
「少し休んでもいいか?」と訊いて目を閉じる。
ニルル衛生伍長は「わかった。ゆっくり休めよ」と言って部屋を出て行き、
一人残された看護室は静寂に包まれる。
前線への派遣が決まってから忙しく、少佐との時間がまったく取れなかった。
出発の日の宇宙ステーションで、黄色の影を見つけ、ようやく別れの挨拶ができた。
「もう会えないのかと思いました」
「久々の前線楽しんでこいよ、ガルル。VOLIM TE」
「VOLIM TEとは俺のお祖母さんの祖国の言葉で(さよなら)っていう言う意味だ」
「そうですか。ではVOLIM TE クルル少佐」
「VOLIM TE、ガルル」
そう言って握手をして別れた。
今でもはっきりと思い出すことができる。名残り惜しそうに佇む黄色い姿を。
「待っている」とは言ってもらえなかったが、必ず帰りますと伝えた。
そして、どこの国の言語がわからなかった別れの言葉を基地に着いてから調べた。
「ヴォリム テ」の意味は「さよなら」ではなく、「愛している」という意味だった。
少佐のいつもの気まぐれかもしれないが、それでも自分には十分で、
冷たい雪に覆われたこの基地での半年の間、ただ一人だけを想って過ごしていた。
<続きは裏ページにあります>
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