remember the time




先輩が急用で本部へ戻っていて、することもなく部屋の掃除を始める。
ラボの奥にはこの地球で購入した本が置いてある書斎があり、片づけをしながら何冊かの本をめくった。
「地球の歩き方(スペイン編)」を見つけ、懐かしくなって手に取る。
隊長のくだらない作戦のためにパンプローナのサン・フェルミン祭に遠征したことを思い出す。
南ヨーロッパの街並み、飛び交うスペイン語。
結局、先輩も俺も牛にさんざん追いかけられて、観光を楽しむ暇もなかった。
今度は二人でゆっくりバルセロナやマドリードも回ってみたいとガイドブックをななめ読みしながら思う。

その本の隣には「楽しいチョコレート作り」という本が並んでる。
地球に来て、最初の2月に先輩に手作りチョコレートを渡そうと考えて買った本だった。
結局、チョコは上手く出来たけど、それを渡す段階になってカレールーに替えてしまった。
そっちのほうが俺らしいなと思って…。俺は俺らしいバレンタインのプレゼントだと
けっこう楽しくその日を迎えたが、
先輩は俺からのカレールーを夏美にもらったチョコだと勘違いして右往左往していた。
今でも、あの時のちょっと間抜けな先輩のツラを思い出して笑ってしまう。

次の本は「イースター島の秘密」って本で、アホな隊長が日向冬樹と二人で、
南太平洋の孤島に向ったのを、小隊の残りのメンバーで輸送用ドックに乗って追いかけたのを思い出す。
「変な細菌型の敵に遭遇して、ドロロと先輩が戦ってくれたんだよな」
未知の敵に恐れもせず向かっていく先輩は、いつもの日向家にいるオッサンとは違う人物みたいで、
後方支援しながら、いつも以上になんだかドキドキした気がした。

考えるとあまりにここに来てからいろいろなことがあり過ぎて、振り返る暇もなかった。
子犬になった先輩を世話したり、雪の日には雪合戦をしてみたりと
数えきれないほどの思い出があり、本棚にある一冊一冊にかかわるそれぞれのエピソードが懐かしかった。
しばらく思い出に浸っていると、ふと眠気が襲ってきた。
最近、寝てなかったなあと思いながら、厚めの本を枕に横になる。
俺は数秒も経たないうちにそのまま深い眠りに落ちた。


「次は貴様の番だ」
いかつい体型の見たことのない男に起こされ、目を覚ます。
周りを見渡すと、そこはラボの書斎とは違い、土色の壁、同色の天井の不思議な空間で、
ここが現実の世界でないことがわかる。
俺は時々、夢とわかる夢を見るので、今日も夢かと思う。
「貴様の番だと言っているだろう」
「ああ、何をすればいいんだ?」
夢の世界でも、それなりに楽しければいいと考え、そばで俺を見下ろす男に答える。
「王が退屈されている。さっさと曲芸の準備をしろ」
「オッケイ」
足元には曲芸師の使うくだらない道具(どうやらジャグリング用らしいナイフが6本)が入っていて、
それを持って、玉間に向う。
途中、ライオンの鳴き声と人の悲鳴が聞こえ、
「失敗するとライオンの餌かよ」
と例え夢でも猛獣の餌は勘弁してほしいと思いつつ進んだ。


一段高い、玉座にはギロロ先輩が座っていて、「ああ、やっぱり」と思う。
「さっさと始めろ」
先輩は尊大な態度で、見下すようにこっちを眺めていた。
俺はナイフを取り出すと、器用にジャグリングを始める。
最初は3本、4本と増やしていくとそれなりに興味深そうに見ている。
「なかなか上手いな」
5本回したところで、終了してニッコリと玉座に向い微笑む。
「お気に召していただけましたか?」
「ああ、褒美を持ってこらせよう」
褒美の金貨を受取り、立ち去る俺に「他の芸もできるか?」と聞いてくる。
「よろしければ明日、新しい芸をお見せします」
「そうか、楽しみにしている」


「失敗すれば即ライオンの餌で、このまま飽きさせずに芸をするのも大変だぜ」
と思いながら、次の日も次の日も、そうやって王の間で芸を披露し続けた。
10日ほど過ぎたある日、
「金貨にも飽きたので、今日で終わりにしてもいいか?」
曲芸の前に、そう言って周囲を驚かせる。
「無礼な、王に向ってなんと…」
従者の一人が、俺のほうへ向かうのを、玉間の主が止める。
「いいではないか、ほかの褒美がほしいのか」
「…」
そのセリフに怒りもせず、先輩は魅惑的な笑みをうかべ
「なかなか、おもしろい」
と言った。



ここが地球の古代エジプトの世界だとなんとなくわかっていたが、
王の寝室から見るピラミッドに沈む夕陽の美しさに、一瞬心を奪われる。
「なぜ、あんな賭けを?」
ベッドから起き上がり、掠れた声で話しかけてくる王に振り返る。
「最初、会った時にナイフを投げて見せただろ。普通、あの芸の時はナイフを見るもんだ。でも
あんたはずっと俺のことを見ていた」
「なんだ気がついていたのか」
「この出会いは運命だったのさ」
そう言って口づけする。甘くて想いを込めた長いキスを。
「そうだ。名前を聞いてなかった」
「クルルだ」
「クルル…」
再度、口づけして、二人でベッドに倒れこみ、何も考えられないほど強く夢中で重なり合った。



  
  
「起きろ、起きろ、こんなところで寝てると風邪ひくぞ」
目覚めるといつものラボの書斎で、
先輩はいつものギロロ先輩で、華胥の国から現実に戻ったのがわかる。
「予定より帰ってくるのが早いな」
「お前が毎日、毎日、早く帰ってこいってメールするからさっさと用事を済ませて帰ってきたんだ」
「暇だったんでね」
「俺はお前の暇つぶしか?」
未だに寝ぼけている俺の一言に機嫌を損ねたらしい。
「いや違う。愛してるぜ、ギロロ先輩」
「なっ何言ってるんだ!」真っ赤になって、照れている先輩の表情を見て、相変わらず怒ったり照れたりと忙しい人だと思う。
そして、そういうところが好きだと実感する。
体を起こし、先輩の顔を正面から見ながら、
「先輩も俺のことが好きなんだろう? だから急いで帰ってきてくれたんだ」
「俺は…」
赤い顔を益々赤く染めて俯き、言葉につまる先輩にそっとかすかに触れるだけのキスをして、抱きしめる。
「運命だったのさ、俺たちが惹かれあうのも」
全く論理的でない、俺らしくない結論も、腕のなかの存在の前に全て許せてしまう。
たくさんの思い出も、お互いの気持ちを近づける要素だったと改めて思い、抱きしめる腕に力を込める。
先輩の手がゆっくりと背中にまわされるのを感じ、自分の気持ちが決して一方的ではないと思い、  
今度は深く激しく口づけした。
短い別離の間に感じた様々な気持ちを込めて…。  

  

end
  
  
  
「水銀灯」のジン。様への2222打キリバンのリクエスト「両想いのクルギロ」です。
クル→ギロな感じになってしまって、しかもあんまりエロもないし、どうでしょう?
いま、書きたいものを書いた結果なんで、リクエストに合っているかも不安です。  
ジン。様、ご笑納いただければうれしいです…。(小心者で、すみません)
  
  
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