スイーツ再戦(前半)



※少しギロ→夏を含みます。(苦手な方は注意してください)



甘い甘いお菓子の侵略作戦。
お菓子塗れになって右往左往している小隊メンバーを
モニターで一人ぼんやり眺める。
そして、子供だけが喜ぶ甘過ぎるケーキやクッキーを口に運びながら、
ずっと片思いしているあの赤い伍長も、
こんな風に甘いのかなと、くだらない作戦の最中、俺はずっと考えていた。



作戦は予想通り失敗して、
スイーツまみれの基地を片づけて日常に戻る。
先輩は外であい変わらず使いもしない武器を黙々と磨いているし、
俺は地下のラボでネットサーフィン。

小隊の他の連中もそれぞれ。
隊長は日向家の家事とガンプラ、ドロロは山に修行へ、
お菓子はもうたくさんだと言っていたタママは
西澤家で大量のアップルパイを食べている。

平和な午後に少々うんざりして、
暇そうにしている先輩と遊んでやろうと思いつく。
ちょっと手伝ってくれ、と言って次元転送を使い、
ほぼ拉致に近い状態で、先輩をラボに連れ込む。

「俺は忙しいんだ、実験の手伝いなら他のヤツに頼め」
と怒って答える先輩の声をうるさいなと思いながら、
ラボに並べたケーキを見せる。
「右からアシエット・クレーム・フリュイ、ショコラ・リュバネ、
ミルフィール・オ・フレーズとキャラメルレアチーズ。全部けっこう旨そうだろ。
せっかくお菓子の家まで作ったんだから、ついでに宇宙スイーツ・コンクールに出そうかと思って作ったんだぜ。
先輩、味見してくれよ」
「そういうのはタママがいいだろう」
「あのガキに味がわかるかよ」
「じゃあケロロに…」
「そんなに俺の作ったケーキは食べたくないのかよ」
そう言うと、先輩が答える。
「いや、そういう訳じゃない。俺は甘いのが苦手なんだ」
(そんなのとっくに調査ずみだぜ。何年一緒にいると思っているんだ)
「今は宇宙スイーツ界でも甘くないお菓子がブームなんだぜ。
だからこれも全部砂糖控えめで作ってある」
「そうか…」
先輩はどうやら諦めて、ケーキを食べる気になったようだ。
真面目な先輩は一つ一つ味見して、クリームと生フルーツの相性がいいとか、
スポンジの味がどうこうとか感想を口にしてくれる。
そして全部食べ終わったあと、どれもうまかった言ってフォークを置く。
「お前、菓子作りの才能があるぞ」
と言うんで、
「先輩は食べる前に、甘いものは苦手だと言っていたけど、
ケーキだって食べてみないとその味は分からないし、
それは人にも言えると思わないか?」
「はあ?」
「苦手な人物も付き合ってみると意外といい感じだったりするってことさ」
ああ、俺様ってなんて謙虚なんだろう。
こんな遠回しなセリフで、積年の思いを告げるなんて…。
「そうか、俺は嫌な相手とは話もしたくないな」
自分の奥床しさに自画自賛していると
それを突き放すようなセリフが返ってきた。
簡単に絆されないところもやっぱり悪くないと思う。

「先輩、顔にクリームがついてるぜ」
そう言って、赤い頬についたクリームをペロリと舐める。
想像通り甘いなと思っていたら、
「気持ち悪い真似するな」と殴られた。
すごい目で俺を睨んでいる先輩を見ながら、
不謹慎にもひどく愉快な気持ちになってきた。


リモコンのスイッチを押して、ラボの特殊装置を発動させる。
機械のアームが見る間に赤い身体を拘束する。
「何をする! 離せ」と叫んで暴れる先輩に
「さっきも言ったけど、意外といいかもしれないぜ」
と言って顔を少しずつ近づける。
「うわ、何するつもり…」
ガタガタうるさい先輩の唇を口で塞いで、
さっきまで食べていた甘くないキャラメルチーズケーキの味がする先輩の口内を堪能する。

甘いキスシーンに相応しくない鋭い視線でこっちを見る先輩に
「目ぐらい瞑ったらどうだ」
と言うと、
「何を考えてる? クルル曹長、冗談にしては悪質すぎるぞ」
と、身体を拘束されても怯むことのない強気なセリフ。

「流石の俺だって冗談でオッサンにキスはできないぜ」
「じゃあ、なんでこんなことをするんだ」
「……」
そういう核心に触れるような、質問はしてほしくないなあ。
そもそも俺が今さら好きだとか言えるか…。
返事をする代わりに、赤い身体に触れながら、もう一度キスをする。

「痛っ!!」
口に入れた俺の舌を噛み切って、勇ましく先輩が言う。
「こういう行為は女とでもしろ、この変態」
「俺が変態か?俺より先輩のほうがよほどアブノーマルだろ?」

ラボの大型モニターに日向姉の姿を映す。
よく見るがいい、先輩。
俺たちと違う地球人の身体を。
「俺たちケロン人と体格もなにもかも違う。
そういう異星人に恋するアンタはノーマルだと言うのかい?」

売り言葉に買い言葉でも、
それは禁句だったような気がする。
侵略する側と侵略される側といった立場の違い以上に、
種族としてケロン人と地球人は違いが大きく、決して恋愛は成立しない。
気づいていながら、そこからずっと目を背けてきたギロロ先輩…。
「俺だって、普通に…」
怒っていた先輩は急に態度が変わり、下を向いて小声でつぶやき、
視線を合わせない。

ああやっぱり、どうせ俺たちはお互いマトモじゃないと分かっているんだ。

二人とも口を閉ざす、そして、しばし沈黙。



なんとなく嫌なムードが漂い、急激に場は白けていく。
ここで止めたほうがいいと冷静な判断を下す俺の理性。
いつか欲望に負けて、眼の前の赤い身体を
あの時のお菓子のように気の向くまま食べてしまう日が来る気もするけど、
それは今日ではないと思う。

俺はリモコンを操作して、
先輩を拘束していたラボの機械アームを外す。

先輩は自由になった手を摩りながら、
「前言撤回する。お前の言った通り、嫌な人物とも案外よく知り合えば、良好な関係が築けるかもしれない。
でもな、お前と分かりあえる日はこない」
静かにそう言って、ラボを出て行った。



「そんなにはっきり拒絶されると、俺だって傷つくぜ」
「ふん。お前はそんなに繊細な男か?」
後ろ姿を見ながら、両思いなるにはまだまだ道は険しいなと実感する。
甘いお菓子の国は子供だけの世界だけど、
こういう甘くも切ない感傷は大人の特権だなと思う。

いつか手に入れたいと切望しながら、
俺はキビキビした足どりでラボをあとにする赤い背中をただじっと見送った。



後半へ続く
  
  
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